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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)18683号 判決

原告

高橋忠吉

外三名

右四名訴訟代理人弁護士

須藤修

右四名訴訟復代理人弁護士

稲垣隆一

被告

亡被告花房昭香訴訟承継人

蒲野晴美

亡被告花房昭香訴訟承継人

春日真美

永田勝之

右三名訴訟代理人弁護士

大和勇美

高橋隆雄

被告

野辺正穂

右訴訟代理人弁護士

川村武郎

主文

一  被告永田勝之及び被告野辺正穂は、連帯して、原告高橋忠吉に対し五万一〇〇〇円、原告高橋澄子に対し二〇万円、原告高橋恵理及び原告高橋友理に対し各一〇万円並びに右各金員に対する平成元年一月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告永田勝之及び被告野辺正穂に対するその余の請求並びにその余の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、一〇分して、その九を原告らの負担とし、その余を被告永田勝之及び被告野辺正穂の負担とする。

四  この判決は、原告らの勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告ら(但し、被告蒲野晴美及び同春日真美は、後記金額の各二分の一)は、連帯して、原告高橋忠吉に対し一六五万四一七五円、同高橋澄子、同高橋恵理及び同高橋友理に対し各一〇〇万円並びに右各金員に対する平成元年一月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、亡被告花房昭香(以下「花房」という。)が昭和六三年八月三日から東京都大田区大森北一丁目一六番一二号所在のグリーンビレッジ大森(以下「本件マンション」という。)の八〇二号室(以下「八〇二号室」という。)の改装工事(以下「本件工事」という。)を行なった際に、受忍限度を超える騒音・振動が発生したため、八〇二号室の真下に位置する七〇二号室(以下「七〇二号室」という。)に居住していた原告らが損害を被ったと主張して、本件工事の設計・監理を担当した被告永田勝之(以下「被告永田」という。)、本件工事を施工した被告野辺正穂(以下「被告野辺」という。)並びに右両名に本件工事の設計・監理及び施工を依頼した花房の相続人である被告蒲野晴美及び同春日真美(但し、被告蒲野晴美及び同春日真美に対する請求額は、後記金額の各二分の一。以下、それぞれ「被告蒲野」、「被告春日」という。)に対し、不法行為に基づき、原告高橋忠吉(以下「原告忠吉」という。)が一六五万四一七五円、同高橋澄子、同高橋恵理及び同高橋友理(以下、それぞれ「原告澄子」、「原告恵理」、「原告友理」という。)が各一〇〇万円の損害賠償並びに右各金員に対する本件不法行為の後である平成元年一月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めるものである。

第三  争いのない事実

一  本件マンションは、JR大森駅の東南約三〇〇メートルのところに位置しており、一階は、事務所・店舗であり、二階以上は、すべて居宅である。

二  花房は、八〇二号室について、被告野辺に対し本件工事の設計・監理を依頼し、被告永田に対し本件工事の施工を依頼した。なお、花房は、平成四年八月五日死亡し、被告蒲野及び被告春日が花房を相続した。

三  被告永田は、一級建築士で、花房から依頼されて本件工事の設計・監理をした。

四  被告野辺は、野辺建設の商号で建築請負業を営む者で、花房から依頼されて本件工事を施工した。

五  原告らは、いずれも八〇二号室の真下に位置する七〇二号室に居住していた。

第四  争点

一  本件工事によって七〇二号室に受忍限度を超える騒音・振動が発生したか。

(原告らの主張)

1 本件マンションでは、本件工事までは静謐な住環境が保たれていたが、昭和六三年八月三日に本件工事が始まって、次のとおりの経過を辿り、本件工事によって七〇二号室に受忍限度を超える騒音・振動が発生した。

(一) 同年七月二六日、花房は、七〇二号室(原告ら宅)を訪れ、工事予定表を交付して、同年八月一日から本件工事を開始する旨を告げた。原告忠吉は、右工事予定表によると、本件工事の工事期間が二か月以上に及ぶ大規模なものであることを知り、同年七月二八日及び二九日の両日、花房に対し、本件工事の実施について協議することを申し入れた。

(二) 同年八月三日午前一一時頃、原告忠吉と、花房、被告永田及び同野辺(以下、右三名を「被告ら三名」という。)との間で協議の場がもたれ、被告ら三名は、原告忠吉に対し、本件工事の施工に関し可能な限り迷惑を懸けないようにすることを内容とする覚書を差し入れた上で工事を開始することを約した。しかし、同日昼過ぎに原告忠吉が七〇二号室に帰宅したときは、本件工事は既に開始されており、原告澄子は、解体工事の破砕音を主とする騒音のため吐き気と目眩を催し臥床していた。

(三) 同月六日、本件工事のため八〇二号室から七〇二号室のベランダに水漏れが生じた。その後、花房及び被告野辺は、本件マンションの住民宛の覚書を提出したが、その内容が不十分なため、原告忠吉は、再度の覚書の提出を求めた。

(四) 同月一一日、本件工事による振動によって七〇二号室の洗面台の下に組み込まれていた給湯管が破裂した。原告忠吉は、花房及び被告野辺に対し、右給湯管の事故につき強く抗議したが、右両名は、本件工事と右事故との因果関係を否定した。そこで、原告忠吉は、花房及び被告野辺に対し、強く事故防止及び謝罪を要求し、再度覚書の提出を求めたところ、花房及び被告野辺は、原告忠吉に対し、事前に作業内容等を管理事務所に連絡すること、騒音を出すおそれのある工事は日曜・祭日並びに週日の午前一〇時前及び午後五時以降はしないこと、甚だしい騒音が予想される工事はその都度連絡すること、本件工事の施工に関し住民に対する迷惑を最小限にするよう努力すること、本件工事が原因による事故により損害を与えた場合は両者協議の上直ちに原状回復することなどを内容とする覚書を提出するとともに、被告野辺は、右給湯管の事故につき責任の所在を問わずに補修工事費用を負担することを約した。

(五) 同月二〇日、本件工事は再開され、ノコギリや金槌等の音が七〇二号室の台所、食堂及び洗面所に響き渡った。

(六) 同月二一日は日曜日であるのに、原告らは、朝から前日同様の騒音に見舞われたが、違約を指摘したため、工事は中止された。

(七) 同月二三日及び二四日、事前に連絡もなく、特に、二四日は午前九時から午後一〇時過ぎまで、七〇二号室に電気ノコギリの騒音・振動が伝わり、ひっきりなしの破砕音に曝された。

(八) 同月二五日、午前九時から午後六時過ぎまで、七〇二号室に断続的にノコギリや金槌の騒音・振動が伝播し、シャンデリアが揺れ、天井・壁がきしんだ。

(九) 同月二六日、午前九時過ぎから、七〇二号室いっぱいにドンドンという音が響き、電気ノコギリや電気ドリルの騒音・振動がひっきりなしに伝搬した。そのため、原告澄子、同恵理及び同友理は、いずれも吐き気・頭痛を催した。

(一〇) 同月二七日、午前九時二〇分頃から、電気ドリル及び電気ノコギリのけたたましい騒音が始まり、午後八時三〇分頃に金槌の音が伝わった。

(一一) その頃までに、本件工事により、原告澄子は筋収縮性頭痛、心身症及び咽頭炎に、原告恵理及び原告友理は神経症に、それぞれ罹患し、また、原告恵理は修士論文の準備に、原告友理は夏休みの宿題に追われていたため、原告らは、やむなく静謐と安穏を求めて、同月二九日から同年九月三日まで軽井沢に避難した。

(一二) 同年九月五日は、午前八時二〇分から、ドンドン、カンカンという騒音が響き始め、次第に電気ノコギリの音が加わり、甚だしい騒音・振動が発生した。

(一三) 同月六日以降も、日曜日を除く連日、午前八時台から電気ノコギリや電気ドリル等による甚だしく耳障りな金属音のほか、ドンドン、カンカンなどの騒音や振動が響きわたり、七〇二号室は、およそ人間がまともな生活を送れる状態にはなかった。そのため、原告澄子、同恵理及び同友理は、いずれも一日中吐き気に見舞われ、頭痛に悩まされた。

(一四) 原告忠吉は、原告らがこれ以上騒音に曝される状態が継続すると回復し難い被害が生じることを慮り、同月二六日以降、本件マンションの近くにある大森東急インの一室を予約し、昼間の工事騒音の激しいときには原告澄子、原告恵理及び原告友理が同所に退避した。東急インへの退避は、同ホテルで部屋が確保し得る限り行われ、本件工事による騒音が一段落した同年一〇月三一日まで継続した。また、同月一三日及び一四日は、病状の著しく悪化した原告澄子の静養のため、同原告及び原告忠吉は静岡県河津町の今井東急リゾートホテルに宿泊した。

2 マンションにおけるリフォーム工事による騒音の特色は、床衝撃音といわれる特殊なものであって、これは、直上階の床を伝わり直下階へ四方から伝搬し、しかも、その音はどこでもほぼ同じ大きさで伝搬するというものである。本件鑑定での再現実験によれば、窓を閉めた状態での七〇二号室の暗騒音が五〇デシベルであるのに対して、ドリルによるブロック穴あけでは七八デシベル、グラインダーによるブロック切りでは七三デシベル、丸ノコによる木板切断では五四デシベル、金槌による木板打ちでは七四デシベルであった。そして、暗騒音より侵入音が五デシベル高いとうるさく感じ、一〇デシベル高いとたまらなくなるのであるから、本件工事による騒音が受忍限度を超えていることは明らかである。

(被告らの主張)

本件工事の主たる内容及びその際に使用した工具は、別紙工程一覧表のとおりであって、原告らが主張するような騒音・振動は発生していないし、騒音が発生した時間は短時間である。

(被告野辺の主張)

本件工事がされたのは、昭和六三年であり、当時は、マンション・リフォームの工事騒音に関する工法・機材の改良は殆どされていなかったので、本件工事を施工する限り一定の騒音の発生は不可避であった。

共同住宅であるマンションは、一定年限内に補修工事・改良工事をすることを避けることができないから、マンションの住民は、マンションの補修工事・改良工事により一定限度の騒音を受けることは避けることができないし、そして、この関係は相互的であって、他方が一方的に被害を受ける空港騒音・道路騒音とは事情を異にしており、また、マンション・リフォームの工事騒音は、期間が短く、発生時間が昼間に限定されているという点でも、空港騒音・道路騒音とは事情を異にしている。従って、マンションの改装工事について許容される騒音の限度は、一般的に相当高い数値に置かれるべきである。本件工事で発生した騒音は、本件鑑定に従うと、最大値で六〇ないし八〇デシベル程度の音が瞬間的に発生し、平均値としてはこれを一〇デシベル程度下回るとの推定が働くが、右高数値は、短期日のブロック切断工事に限定されており、この程度の騒音は、受忍限度内であって、違法ではない。

(被告蒲田、同春日及び同永田の主張)

本件マンションは、昭和四八年秋に新築されたものであり、築後一五年近く経っているので、補修を要する部分が生じるのは自然であり、また、居住者ないし居住者の生活条件が変わるから、間取の変更などの改装工事を必要とするのは当然であって、しかも、当時のマンションは、将来のリフォームを予測して対策を講じて建築されたりはしていないので、その改装工事に当たり、ある程度の騒音・振動を生じるのはやむを得ないところである。

環状七号線に面した住宅地域である足立区椿町二丁目における昼間の騒音レベルの平均は午前が約七七デシベル、午後が約七五デシベル、同じく環状七号線に面した住宅地域である板橋区小茂根二丁目における昼間の騒音レベルの平均は午前午後を通じて約七三デシベルであって、屋外騒音が七七デシベルであっても平穏に生活しているから、屋外音が七七デシベル以下である限り受忍限度内のものとして許容されるべきものであり、屋内では平均値が六七デシベルであれば、受忍限度内であるということができる。そして、本件工事では、七〇二号室内において平均値が六七デシベルを超える騒音は発生したことがなく、本件工事で発生した騒音・振動は、すべて受忍限度を超えるものではない。

本件マンションは、大森駅から徒歩二分の近距離にあり、前面は二車線以上の自動車道路であって、商業地域に所在して近隣は全て商店が並んでいるところ、東京都公害防止条例の日常生活等に適用する規制基準の騒音に関する表によれば、商業地域を含む第三種区域の昼間の基準値は六〇デシベルである。ところが、本件鑑定では騒音の基準値を五〇デシベルとしているが、これは、第二種住居専用地域及び一般住居地域である第二種区域に適用される基準を採用したもので、本件マンションが商業地域に所在する状況を見過ごしたものである。また、七〇二号室の昼間の窓を開いた状態での暗騒音は、本件鑑定によれば六四デシベルであり、原告らは、この程度の侵入音では「閑静」と感じていることになるから、受忍限度は七〇デシベルであるべきである。

二  本件工事の騒音・振動により原告らが被った損害はいくらか。

(原告らの主張)

1 原告忠吉の損害

一六五万四一七五円

(一) 昭和六三年八月一一日に破裂した給湯管の修理代二万八〇〇〇円

(二) 給湯管の破裂に伴い破損した洗面所戸棚の修理代二万三〇〇〇円

(三) 同月二九日から同年九月三日まで原告らが軽井沢に避難中宿泊した山荘の利用代 三万九五〇〇円

(四) 軽井沢への列車往復乗車賃

三万八四〇〇円

(五) 軽井沢に避難中無人となった七〇二号室の警備費用

二万四四〇〇円

(六) 同年九月二六日から同年一〇月三一日まで原告澄子、同恵理及び原告友理が退避した大森東急インの宿泊代等 四一万八九九〇円

(七) 同年一〇月一三日及び一四日に原告澄子の静養のため同原告及び原告忠吉が宿泊した今井浜東急リゾートの宿泊代 六万一五六五円

(八) 今井浜への列車往復乗車賃

二万〇三二〇円

(九) 慰謝料一〇〇万〇〇〇〇円

原告忠吉は、七〇二号室を所有し、原告ら家族を代表して再三にわたり被告ら三名に対し、原告らの健康・生活に配慮した工法や工程の採用を申し入れたにも拘わらず、被告ら三名の不誠実かつ強硬な態度に翻弄されて本件紛争の渦中に身を置かざるを得なかった。

2 原告澄子の慰謝料

一〇〇万〇〇〇〇円

原告澄子は、昭和六三年八月三日本件工事が開始された日から、精神的変化を来たして、通院加療一一四日を要する筋収縮性頭痛、心身症及び咽頭炎に罹患するとともに、同年一一月二四日までの間、本件工事に起因する頭痛、眩暈及び吐き気等を訴え続けた。

3 原告恵理の慰謝料

一〇〇万〇〇〇〇円

原告恵理は、本件工事による騒音・振動により通院加療八三日間を超える神経症に罹患し、軽快した同年一一月三〇日までの間、断続的に不眠、頭痛、いらいらなどに悩まされ、また、家庭教師を辞めたり、卒業論文の作成に支障を来すなどした。

4 原告友理の慰謝料

一〇〇万〇〇〇〇円

原告友理は、本件工事による騒音・振動により、通院加療八三日間を超える神経症に罹患し、軽快した同年一一月三〇日までの間、食欲不振、耳鳴り、頭痛、背部痛、いらいらなどに悩まされた。

(被告らの主張)

給湯管の破裂は、本件工事による振動が原因ではなく、管自体が老化して腐食したためである。

(被告蒲田、同春日及び同永田の主張)

1 原告らが行った軽井沢の宿泊先は、原告忠吉が勤務する会社の山荘であり、本件工事の開始前から予約をしていたから、本件工事とは因果関係がない。

2 本件工事は午前一〇時に始まって午後五時に終り夜間は行われなかったから、原告らが夜間に大森東急インに宿泊する必要性はなく、大森東急インの夜間の宿泊と本件工事とは因果関係がない。また、昼間休憩のために同ホテルを利用する必要性があったとしても、昼間は外出していた原告忠吉、同恵理及び同友理は除かれ、原告澄子のみに必要性があったはずであるが、同原告は同ホテルで休憩したことを認めるべき証拠はない。そして、昭和六三年一〇月二日、同月一〇日、同月二三日及び同月三〇日は、いずれも休日で本件工事が行われなかったし、同年九月二八日、同年一〇月四日、同月一三日、同月一八日及び同月二八日は、騒音の発生する工事をしていなかったから、原告が大森東急インを利用する必要性がなかったことは明らかである。なお、大森東急インの宿泊代等に含まれている電話代は、本件工事と因果関係がないことが明らかである。

本件工事は、原告忠吉の強硬な要望により、中断させられたり、朝八時開始の予定が午前一〇時開始に変更させられたり、複数の工事人を使う予定が一日一人に限定させられたりした結果、当初の九月末完了の予定が一か月遅れて、同年一〇月末に完了したから、工事の一か月の遅れは、原告忠吉がその責を負うべきである。従って、同年九月二六日から同年一〇月三一日までの大森東急インの宿泊のうち同年一〇月中の宿泊代等は、およそ被告らには賠償責任がないというべきである。

3 同年一〇月一三日及び一四日の今井浜東急リゾートの宿泊は、原告忠吉の責により工事が遅れた期間中であるから、およそ被告らには賠償責任がないというべきである。また、そのうち一三日は、騒音の発生する工事をしていなかったから、原告忠吉及び原告恵子が今井浜東急リゾートを利用する必要がなかったことは明らかである。

三  本件工事の騒音・振動について被告ら三名に責任があるか。

1  花房の責任

(原告らの主張)

花房は、本件工事の騒音・振動が原告らに対し損害を与えていることを認識しながら、被告永田及び同野辺に対し工事方法の変更の指示をせず、かえって、再三にわたって設計変更を指示して本件工事の長期化を促し、本件工事の進行を急がせたり、騒音を発生させる追加工事を命じたりして原告の被害を拡大させたものであり、また、原告らの被害を回避するための代替住居施設を提供するべきであるのに提供しなかったので、本件工事の騒音・振動による原告らの被害について賠償責任がある。

(被告蒲田及び同春日の主張)

花房は、本件工事開始前に原告忠吉らの騒音等に対する懸念を聞いて、八〇二号室にピアノを置かないことにし、そのための設計の変更を被告永田に依頼し、被告永田及び被告野辺に対し騒音や振動をなるべく少なくするように依頼するなど騒音・振動の発生を最小限に留めるように配慮しており、本件工事の騒音・振動の発生について賠償責任がない。なお、花房が再三にわたって設計変更を指示したり、本件工事の進行を急がせたり、騒音を発生させる追加工事を命じたりしたことはない。

2  被告永田の責任

(原告らの主張)

被告永田は、本件工事について設計・監理を担当して、工法の選択、工事日程の作成などに全面的に関与しており、特に工法については、原告らの再三に亘る変更要求に対し、これを頑なに拒否して被告野辺に対して無配慮な指示をしており、また、原告らの被害を回避するための代替居住施設を提供するべきであるのに提供しなかったので、本件工事の騒音・振動による原告らの被害について賠償責任がある。

(被告永田の主張)

被告永田は、当時通常行われている工事方法に従って設計し、普通の工具を用いて施工するように監理した。また、被告永田は、花房の指示により、本件工事の設計の一部を変更し、原告らが毎日の工事人を一人にするよう要求したのに従って工事日程等を変更し、被告野辺に対し余計な騒音・振動を出さないように注意をし、被告野辺が最新式の電動工具を使用することを事前に確認し、木工工事でユニット化できるものはユニット化するように設計したので、本件工事の騒音・振動の発生について賠償責任がない。

3  被告野辺の責任

(原告らの主張)

被告野辺は、本件工事を自らあるいはその配下の工事人をして実施したものであり、また、原告らの被害を回避するための代替居住施設を提供するべきであるのに提供しなかったので、本件工事の騒音・振動による原告らの被害について賠償責任がある。

(被告野辺の主張)

被告野辺は、本件工事による騒音・振動について、原告らの態度に鑑みて、ことさらに注意を払って施工しており、本件工事の騒音・振動による原告らの被害について賠償責任はない。なお、昭和六三年当時、特にマンション・リフォームを意識して開発された騒音対策部品はなく、低振動・低騒音の工具が開発されていなかったため、建築業者が通常手に入れることのできる機材等を利用して工事を行う限り、一定の騒音の発生は不可避であった。

第五  当裁判所の判断

一  本件工事の経過

甲第一号証の一ないし六一、甲第五ないし第九号証、甲第一〇、一一号証の各一ないし三、甲第一五ないし第二二号証、甲第二五号証、甲第二八号証の一、二、甲第三九、四〇号証、甲第四二号証の一ないし一〇、甲第四三号証、甲第五一ないし第六〇号証、乙第一、二号証、乙第三、四号証の各一、二、乙第五号証、丙第一、二号証、丙第四ないし第七号証、丙第九号証の一ないし六、丙第一〇号証、丙第一四号証、証人後藤剏の証言並びに原告恵理、同忠吉、被告野辺、花房及び被告永田の各本人尋問の結果に、前記争いのない事実を総合すれば、次のとおりの事実が認められる。

1  本件マンションは、昭和四八年に建築された一三階建のマンションであって、二階以上は全て居宅である。本件マンションは、JR大森駅の東南約三〇〇メートルに位置し、用途地域は商業地域であり、北西側は交通量がかなり多い道路(平成二年二月二三日金曜日の調査では、路線バスが一日に二〇〇本以上通り、一〇分間の通過車両数は、午前九時に六五台であるほかは、午前一〇時、午後零時、二時、六時とも約一〇〇台であった。)に面している。

2  花房は、昭和六三年、八〇二号室を借りて居住することになり、入居に先立って本件工事をすることを計画し、被告永田に対し本件工事の設計・監理を依頼し、被告野辺に対し本件工事の施工を依頼した。

3(一)  同年七月二六日、花房は、原告らが居住している七〇二号室を訪れ、工事予定表(甲第六号証)を交付して、同年八月一日から本件工事を開始する旨を告げた。原告忠吉は、右予定表によると、本件工事の工事期間が同年八月一日から九月二八日までにわたる大規模なものであることを知り、知り合いの建築業者に相談すると、本件工事について、休日はやめてもらうこと、木工事や設備工事については工事内容をよく相談したほうがいいことなどをアドバイスされた。そこで、原告忠吉は、施工の際は事前に工事計画(工法、作業内容、工期等)を連絡すること、日曜・祭日は施工しないこと、著しく騒音を伴う工事はその都度連絡すること、工事時間は午前一〇時から午後四時までとすること、本件工事が原因で発生した事故・損害等については施工期間中及び施工期間後を問わず一切の補償責任に応ずることなどを記載した原告忠吉宛の花房及び被告野辺連名の念書と題する書面(念書案。甲第一五号証)を作成し、同月三〇日、花房に交付し、本件工事の開始前に右念書案のとおりの書面を提出することを求めた。

(二)  同年八月三日、本件工事が開始された。

同日午前一一時頃、大森東急インにおいて、原告忠吉と被告ら三名(花房、被告永田及び同野辺)との間で、本件工事に関する協議がされた。原告忠吉は、前記念書案のとおりの書面を差し入れるよう要求したが、被告野辺は、念書を覚書に変えること、工事時間を午後五時までにすることを希望し、原告忠吉はこれを了解した。また、原告忠吉は、覚書を早く出すように要求したが、被告ら三名は、覚書の内容を三人で検討してから出す旨返答した。そして、被告永田は、原告らに迷惑が懸ることを考慮して、被告野辺に対し、本件工事の設計の一部を変更したい旨を伝え、被告野辺は、とりあえず解体工事だけをして、設計が変更されるのを待つことにした。

(三)  同月六日に本件工事のため八〇二号室から七〇二号室のベランダに水漏れが生じたと原告らは主張するが、右事実については、原告忠吉本人尋問にその旨の簡単な供述があるだけであって、認めるに足りる証拠がないというべきである。

同月一一日、七〇二号室の洗面所の洗面台の下に組込まれていた給湯管の持出し管が折損し水漏れが発生した。原告忠吉は、給湯管の事故が発生したことから、被告野辺に対し、覚書の提出と提出までの工事の中止を申し入れ、被告野辺は、同月一二日から本件工事を中止した。

(四)  その頃までに、被告野辺は、宛名を「グリーンビレッジ住民各位様」とする覚書(甲第一六号証)を管理人に渡し、それを入手した原告忠吉が管理人を介して内容の追加及び宛名の変更を要求した(甲第一七号証)。

(五)  原告らの本件工事に対する不満を考慮して、花房は、八〇二号室にピアノを置くため防音工事をする予定でいたがピアノを置くことを取り止め、その旨を被告永田に伝え、被告永田は、当初予定されていたピアノ設置のための防音壁及び防音サッシの取付工事、床の化粧板を剥がす工事等を取り止め、新たな設計図面を作成して、同月一五日頃、被告野辺に対し、右設計図面を交付し、また、材料の加工作業の一部を別の作業場でしてから搬入することや、電動ハンマーを使用しないこと、ネジ止めを多用することなど工事人が作業に際しできる限り騒音を出さないよう注意することを指示した。

(六)  被告野辺は、原告忠吉に対し宛名を「高橋忠吉様」とし内容もほぼ要求に応じた覚書を渡し(書込のない状態の甲第一八号証)、原告忠吉が更に覚書につき内容の変更及び日付を平成六三年八月三日にすることを要求した(甲第一八号証)。そして、原告忠吉は、弁護士を通じて、被告野辺及び花房に対し、覚書の提出、工事内容の説明及び給湯管の事故の賠償を要求した。

同月一九日、原告忠吉に対し、花房及び被告野辺は、連名で、原告忠吉の要求に完全に従って、事前に作業内容を連絡すること、騒音を出す恐れのある工事は、日曜・祭日・午前一〇時前・午後五時以降は避けること、甚だしい騒音が予想される工事はその都度連絡すること、本件工事が原因による事故により損害を与えた場合は施工期間中及び施工期間後を問わず両者協議の上直ちに原状回復することなどを記載した覚書(甲第一九号証)を提出し、被告野辺は、給湯管の事故について水道工事代金を同被告が支払う旨などを記載した覚書(甲第二〇号証)を提出した。また、原告らの委任した弁護士が被告野辺に対し、工事終了時に迷惑料二〇万円を支払うよう申し入れ、被告野辺は、右申入れを了承した。

原告忠吉は、右覚書二通が提出されたので、工事の再開を了承し、本件工事は、同月二〇日、再開された。

4(一)  本件工事の主たる内容及びその際に使用した電動工具は、以下に認定するほかは、別紙工程一覧表のとおりである。別紙工程一覧表記載の電動工具以外に、金槌、ハンマー、ノコギリ等の無動力の工具が常時使用され、七〇二号室にコツコツ・カンカン等の音が伝わった。なお、花房は同年一〇月三一日に八〇二号室に入居しており、同日をもって引渡がされたと解されるので、本件工事の期間は右一〇月三一日までであり、右期間中の本件工事による騒音・振動について検討することとする(右一〇月三一日より後にも本件工事に関連して手直し工事等が行われているが、以下に認定する工事期間中の騒音・振動に比べて程度の低いものであり、損害賠償の対象としては右一〇月三一日までの騒音・振動に限定する。また、甲第一号証の六二ないし一〇四及び原告恵理本人尋問の供述では、平成元年三月まで八〇二号室からは従前よりは多少ひどくない程度の工事による騒音・振動及びその他の騒音が発生したとの部分があるが、八〇一号室の工事騒音等八〇二号室以外で発生した騒音を八〇二号室のものと誤解しているところもあり、本件工事に関連してされた手直し工事は、その作業内容からして本件工事の開始した頃と比べれば格段に低い騒音・振動が発生しただけであると認められるので、右部分は採用できない。)。また、本件工事で使用された電動工具より騒音・振動の発生の少ない機器が当時開発されていたこと、マンション・リフォームについて騒音・振動の発生の少ない工法が当時開発されていたことを認めるべき証拠はない。

(二)  同年八月三日午前中から、解体工事が開始され、八〇二号室から七〇二号室に激しい騒音と振動が伝わったため、七〇二号室には原告澄子、同恵理及び友理が在室していたが、原告澄子は吐き気と目眩を催して臥床し、原告恵理及び同友理は、予定を変更して原告澄子の看病をした。

同日から六日にかけて行われた間仕切撤去工事には、木造の間仕切工事と浴室の間仕切工事があった。木造の間仕切工事は、居間の壁、食堂と隣接する個室1との間の壁及び個室2の壁を撤去する工事で、間仕切の素材は、両側に石膏ボードを張った木の壁で、天井に釘で固定されており、最初に天井を剥がし、間仕切と天井との頭つなぎの部分をノコギリで切る方法で進められ、天井や間仕切は八〇二号室から運び出せる大きさにまで切断された。浴室間仕切工事は、浴室の壁を撤去する工事で、壁は高さ2.4メートルの軽量ブロックでできており、中に直径九ミリメートル位の鉄筋が水平に入っていて、床のコンクリートとは全体がモルタルで、天井とは半分ほどがモルタルで繋がれ、両側の軽量ブロックでできた壁とはモルタルで繋がれていたので、壁をダイヤモンドカッターで切り離した後、バールやハンマー等で四〇センチ角位の大きさに砕いた。

(三)  被告らは、同月七日から一一日までは工事がされなかった旨主張し、乙第一号証の工事内容には作業がない旨の記載がされているが、原告恵理及び原告忠吉の各本人尋問の結果によれば、同月七日から一一日までは断続的に解体作業が続けられた事実が認められる。

(四)  同月二〇日の浴槽ユニット解体工事は、強化プラスティック製の浴槽ユニットをダイヤモンドカッターで切断し、搬出できる大きさにする工法がとられた(なお、原告ら作成の騒音振動記録(甲第一号証の一ないし七)では、同日の騒音・振動は同月二三日以降の騒音・振動の記載に比べてレベルが低い印象を受けるが、浴槽ユニット解体工事が同月二〇日にされたとの認定を動かすものではない。)。

同年九月一二日の洗面所入口のドア枠工事では、洗面所入口に軽量ブロックの部分があり、ドア枠を取り付けるのに不都合であるので、ダイヤモンドカッターで切り取って撤去した。

同月一三日、台所の既存タイルはがし工事がされた。

(五)  本件工事による振動で、同年八月三日から六日、二三日ないし二六日、同年九月六日ないし八日、同月一二、一三日、同月一九日ないし二一日、同月三〇日、同年一〇月一三、一四日、同月二〇日、同月二六日には、七〇二号室の照明・シャンデリアが揺れ、その頃まで右各日及びそれ以外にも天井が振動することがあった。

(六)  工事が午前八時三〇分頃から始まったのは同年九月五日、七日、九日、一〇日、一二日、一六日、一七日、一九日、二一日、二二日、二六日、三〇日、同年一〇月一日、三日、六日、一四日、一五日、一七日ないし二一日、二五日であり、工事が午後六時頃までされたのは同年八月二四日、二五日、同年九月二四日、午後七時ないしそれ以後までされたのは同年一〇月八日、一四日、二〇日、二九日である。

(七)  同年八月二六日頃から、被告野辺から原告忠吉に対し工事の大まかな予定等が書かれた紙片が事前に差し入れられた。また、九月一一日は、工事が予定されたが、原告らが日曜日であることを理由に中止を要請したため、工事はされなかった。

二  争点一について

1 マンションの改装工事によって発生する騒音・振動が受忍限度を超えているかどうかは、当該工事によって発生した騒音・振動の程度、態様及び発生時間帯、改装工事の必要性の程度及び工事期間、騒音・振動の発生のより少ない工法の存否、当該マンション及び周辺の住環境等を総合して判断すべきであると解する。

2  本件鑑定の結果及び証人後藤剏の証言(以下、併せて「本件鑑定意見」という。)によれば、マンションの改装工事では、工事によって発生した音が躯体を伝搬して下階に音として放散し、伝搬した部屋では天井及び四方の壁の全面から聞こえてくるものであり、上階の音が床を伝搬した場合は下階に床衝撃音が発生すること、七〇二号室における暗騒音は、窓を閉めた状態(以下「窓閉」という。)で五〇デシベル、窓を開けた状態(以下「窓開」という。)で六四デシベルであること、八〇二号室でのテストピースによる再現実験において、軽量ブロックのダイヤモンドカッター(ディスクグラインダー)による切断による七〇二号室の伝搬音は七三デシベル(窓閉、窓開)、軽量ブロックの振動ドリルによる穴開けによる伝搬音は七八デシベル(窓閉)、七九デシベル(窓開)であり、右各数値に七デシベル程度を加算した数値が実際の発生音量であると推定されること、同再現実験において、丸ノコによる木板の切断による伝搬音は、実際の発生音量への補正値五デシベルを加えて五四デシベル(窓閉)、六〇デシベル(窓開)であること、同再現実験において、木板に対する金槌による釘打ちによる伝搬音は七二デシベル(窓閉)、七四デシベル(窓開)であり、右各数値に五デシベルを加算した数値が実際の発生音量であると推定されることが認められる。

3 以上認定した本件工事の内容等全ての事実を前提として、本件工事による騒音・振動は床衝撃音が主であるが長時間継続するものではなく断続的で、その発生は三か月間だけで昼間に限られていること、花房が八〇二号室について本件工事をすることを計画したことには不当と解すべきところはなく、設計内容に違法なところはないこと、本件工事で使用された電動工具より騒音・振動の発生の少ない機器が当時開発されていたり、マンション・リフォームについて騒音・振動の発生の少ない工法が当時開発されていたりしたことはないこと、花房は八〇二号室にピアノを置く予定でいたが取り止め防音工事を中止したこと、七〇二号室における暗騒音は窓閉で五〇デシベル、窓開で六四デシベルであることなどを考慮して判断すると、ダイヤモンドカッターが使用された昭和六三年八月三日ないし六日、同月二〇日、同年九月一二日及び同月一七日の騒音並びに台所の既存タイルはがし工事がされた同月一三日の騒音は、受忍限度を超えたものであるというべきである。もっとも、右各日に発生した騒音の音量、持続時間、総時間等からすると、七〇二号室から退出してホテル等に一時避難しなければならない程度であるとまで認めることはできない。

振動ドリルが使用された同年八月二六日、同年九月五日ないし同月一〇日、同月一四日、同月二〇日ないし同月二二日、二四日、同月二七日ないし同月二九日、同年一〇月三日ないし同月八日、同月一三日ないし同月一五日及び同月一九日ないし同月二一日(同年八月二九日ないし同年九月三日は、原告らが七〇二号室に不在であったから、除いた。)については、作業内容の詳細が不明であり、振動ドリルがコンクリート穴あけに使用されたこと及びその使用時間が長かったり断続的であっても総時間が長かったりしたことを認めるべき証拠がないので、右各日の騒音が受忍限度を超えたものであると認めることはできない。また、釘打ちによる伝搬音は、本件鑑定意見によると、ばらつきが大きいことが認められ、しかも瞬間的で散発的であり、釘打ちによる騒音で高レベルの音量の総時間がどの程度であるかは不明であるから、釘打ちによる騒音が受忍限度を超えたものであると認めることはできない。

4  本件鑑定意見は、七〇二号室の伝搬音が六〇デシベルを超えてはならないとし、本件工事においてタイルのはつり工事(既存タイルはがし工事)はするべきでないとしている。しかし、既に述べたとおり、受忍限度は、騒音の音量だけで判断すべきではないから、六〇デシベルを限界とするとの見解は採用できないし、タイルのはつり工事禁止(既存タイルの上に新規タイルを貼る工法を採ること)は、本件鑑定意見が依拠した「マンションリフォーム実務者必携」に同旨の記載があるが、右書籍は平成四年四月の発行であり、本件工事当時マンション・リフォームにおいてタイルのはつり工事の代わりに既存タイルの上に新規タイルを貼る工法を採るべきことが建築業者間で一般化していた事実を認めるに足りる証拠はない。

また、本件鑑定意見は、騒音の発生する作業を受音者が留守のときに集中実施するとともに、一時的にホテルに移ってもらう、劇場の切符を贈呈する、迷惑料を支払うなどの受音者対策をするべきであり、それが本件工事当時から建築業者として当然の責務となっていたとしている。しかし、後述のとおり原告らは軽井沢行きについて事前に被告野辺に知らせていないので、被告野辺が原告らの軽井沢滞在中に大きな騒音・振動の発生する工事を集中させることを検討することはできなかったし、原告忠吉と被告ら三名は既に認定したとおり念書等をめぐって交渉し、原告らの委任した弁護士と被告野辺が工事終了時に迷惑料二〇万円を支払うことで合意したりしているので、被告ら三名は、それなりに受音者対策をしたと解することができ、また、七〇二号室から退出してホテル等に一時避難しなければならない程度の騒音・振動が発生した事実はみとめられない。従って、本件鑑定意見の見解のうち前項の認定判断に反する部分は採用できない。

三  争点二について

1  給湯管等の修理代

昭和六三年八月一一日、七〇二号室の洗面所の洗面台の下に組込まれていた給湯管の持出し管が折損し水漏れが発生したこと、同月三日から解体工事がされ、特に浴室間仕切工事は、軽量ブロックでできた壁をダイヤモンドカッターで切り離した後、バールやハンマー等で四〇センチ角位の大きさに砕いて非常に大きな騒音と振動を発生させたことは、既に認定したとおりであり、同月一一日までに七〇二号室の給湯管に対してかなりの振動が伝わっているので、右給湯管は本件工事の振動によって折損したことが推認されるところである。なお、修理業者は請求書(甲第二八号証の二)に「鉄製持出腐食による折れ切れ」と記載しており、折損の主たる原因は持出し管の腐食にあるというべきであろう(仮に持出し管に腐食がなければ、本件工事の振動だけだは持出し管が折損することはなかったと解せられる。)が、本件工事の振動が直接の原因になっているとの推認を覆すに足りる証拠はない。

従って、給湯管の折損によって原告忠吉が支払った修理代二万八〇〇〇円(甲第二八号証の一、二)及び給湯管の折損に伴い破損した洗面所戸棚の修理代二万三〇〇〇円(甲第三三号証の一、二)は、本件工事と相当因果関係がある損害である。なお、被告野辺本人尋問に、被告野辺が修理代を負担した旨の供述があるが、採用できない。

2  軽井沢山荘の利用代、同所への列車乗車賃及び警備費用について

甲一二、一三号証の各一、二、甲第二四、二五号証並びに原告恵理及び同忠吉の各本人尋問の供述において、原告らは本件工事の騒音・振動から避難するため同年八月二九日から同年九月三日まで軽井沢に滞在したとしている。しかし、原告らが被告野辺に対し軽井沢滞在中に大きな騒音・振動の発生する工事を集中させるように協議を求めることが原告らの被害を減少させるのに効果的であったと思われるが、事前に右協議を求めた形跡はなく、原告忠吉の代理人弁護士が発送した同年八月二五日付通告書(甲第一〇号証の一)でも軽井沢行きには触れていないし、また、軽井沢から戻った後に発送された同年九月一〇日付通告書(甲第一一号証の一)では病院通いについての記載はあるものの軽井沢行きについての記載はないので、これらの点からすれば、原告らは軽井沢行きの主たる理由を本件工事の騒音・振動からの避難と認識していなかった可能性がある。しかも、本件工事による騒音・振動は、その発生が同年八月二〇日から二七日までは午前九時から午後六時までに限られていた(甲第一号証の一ないし七)し、原告恵理が本件工事の騒音・振動が原因で転地療養の必要な病状にあったと認めるに足りる証拠もないから、原告らが七〇二号室以外の場所で夜間宿泊する必要性を認めることはできない。

従って、軽井沢の山荘の利用代、同所への列車乗車賃及び警備費用と本件工事の騒音・振動との間に相当因果関係があると認めることはできない。

3  大森東急インの宿泊代等について

甲一二、一三号証の各一、二、甲第二五号証並びに原告忠吉及び同恵理の各本人尋問の供述において、原告澄子、同恵理及び同友理は、本件工事の騒音・振動から退避するため昭和六三年九月二六日から同年一〇月三一日まで大森東急インの一室を賃借し交代しながら昼間滞在したとしている。しかし、既に認定したとおり本件工事による著しい騒音・振動の発生は同年九月一七日までであり(それでさえも、七〇二号室から退出してホテル等に一時避難しなければならない程度であるとまで認めることはできない。)、右九月二六日から一〇月三一日までの期間に直ちにホテルに退避せねばならない程度の騒音・振動が本件工事により発生した事実がないのは明らかである(右期間中も本件工事開始の頃と同じ程度の騒音・振動が発生していたとする甲第一号証の三六ないし六一及び原告恵理本人尋問の供述は採用できない。)。なお、原告恵理本人尋問の供述中に、担当医師から何処かに避難することを勧められたとの部分があるが、原告澄子、同恵理及び同友理がホテルに退避しなければならないような病状であった事実を認めるに足りる証拠はない。

従って、大森東急インの宿泊代等と本件工事の騒音・振動との間に相当因果関係があると認めることはできない。

4  今井浜東急リゾートの宿泊代及び同所への列車乗車賃について

甲第二五号証並びに原告忠吉本人尋問の供述において、原告忠吉及び同澄子は担当医師から原告澄子の気分転換のため転地して静養することを勧められ昭和六三年一〇月一三日及び一四日に今井浜東急リゾートに宿泊したとしている。しかし、甲第二号証及び同第二七号証の診断書や甲第三八号証の担当医師の報告書には治療方針として転地静養が必要である趣旨の記載がなく、右旅行の直前一〇日間の同月三日から同月一二日は、別紙工程一覧表によれば、戸棚工事、天井下地工事、塗装工事、床下張り及び天井張りがされているので、床下張りを考慮しても、騒音・振動の発生が低レベルであることは明らかである(甲第一号証の四二ないし四九では、それまでと同程度の著しい騒音・振動が発生している趣旨の記載があるが、作業内容からみて、右記載は採用し難い。)。

従って、今井浜東急リゾートの宿泊代及び同所への列車乗車賃と本件工事の騒音・振動との間に相当因果関係があると認めることはできない。

5  原告忠吉の精神的損害について

既に認定した事実及び原告忠吉本人尋問によれば、原告忠吉は、当時日本住宅金融株式会社の専務取締役の地位にあって、通常は午前八時半に家を出て何もなければ夕方六時頃に帰ると生活をしていた事実、本件工事による騒音・振動による直接的被害を受けるのは七〇二号室に在室したときであるが、原告忠吉が七〇二号室に在室したのは、週日では、昭和六三年八月三日のように例外的であって在室時間が短かく、休日では本件工事がされたこと自体が少なかった事実が認められる。

そうとすれば、原告忠吉については、本件工事がされているときに七〇二号室に在室していたことが非常に少なく、慰藉料支払を要する程度の被害を受けた事実は立証されていないというべきである。なお、原告忠吉が家族を代表して被告ら三名に対し再三にわたり原告らの健康・生活に配慮した工法や工程の採用を申し入れ、本件紛争の一方の当事者となった事実は認められるが、被告ら三名の対応において違法性のある行為があったとは認められないので、右事実について慰謝料を請求することはできない。

6  原告澄子の精神的損害について

甲第二号証、甲第二一、二二号証、甲第二五号証、甲第二七号証、甲第三八号証並びに原告恵理及び同忠吉の各本人尋問の結果によれば、原告澄子は、原告忠吉の妻であり、七〇二号室を専ら生活の場とする専業主婦であるが、本件工事が開始された昭和六三年八月三日に七〇二号室に激しい騒音と振動が伝わったため工事開始後一時間ほどで吐き気と目眩を催し臥床した事実、その後頭痛、眩暈及び吐き気の症状が続き、同月六日、常田病院で受診し、筋収縮性頭痛、心身症及び咽頭炎との診断を受けた事実(咽頭炎は、本件工事による騒音・振動が原因ではないと解せられる。)、その後も原告澄子は、頭痛、頸部痛等の症状が継続し、同月一二日、一九日、二三日、二六日、同年九月一二日、一三日、二一日、同年一一月一八日、二四日の各日に同病院に通院し、筋収縮性頭痛及び心身症は同年一一月二四日時点では治癒していたとの診断を受けた事実、担当医師により原告澄子の頭痛等の症状は工事の騒音・振動による精神的変化を原因とするものであるとの診断を受けた事実が認められる。

以上から、原告澄子が本件工事により被った精神的苦痛に対する慰謝料としては、二〇万円が相当である。

7  原告恵理の精神的損害について

甲第三号証、甲第二四号証、甲第二六号証の一ないし六の各一、甲第三六、三七号証及び原告恵理の本人尋問の結果によれば、原告恵理は、原告忠吉の長女で、当時聖心女子大学大学院在学中であったが、本件工事が始まってから、汚いものが異常に気になる、頭痛、不眠等の症状が生じ、昭和六三年九月九日慶應義塾大学病院精神神経科を受診し、以後、同月二〇日、同年一〇月五日、一九日、同年一一月九日、三〇日の各日に同病院に通院して治療を受けた事実、担当医師により原告恵理については強迫神経症の増悪で、右一一月三〇日に症状が軽快したと診断されたが、右強迫神経症は本件工事の騒音・振動が原因であるとの診断を受けた事実が認められ、また、原告恵理は、本件工事による騒音・振動のために七〇二号室で執筆中の修士論文が思うように進まず、また、家庭教師をやめたと供述している。

以上から、原告恵理が本件工事により被った精神的苦痛に対する慰謝料としては、一〇万円が相当である。

8  原告友理の精神的損害について

甲第四号証、甲第二六号証の一ないし六の各二、甲第三六号証及び原告恵理の本人尋問の結果によれば、原告友理は、原告忠吉の二女で、当時聖心女子大学一年生であったが、本件工事が始まってから、いらいら、不眠、食欲不振、頭痛等の症状が生じ、昭和六三年九月九日慶應義塾大学病院精神神経科を受診し、以後、同月二〇日、同年一〇月五日、一九日、同年一一月九日、三〇日の各日に同病院に通院して治療を受けた事実、担当医師により原告友理については神経症で、右一一月三〇日に症状が軽快したと診断されたが、右神経症は本件工事による騒音・振動が原因であるとの診断を受けた事実が認められる。

以上から、原告友理が本件工事により被った精神的苦痛に対する慰謝料としては、一〇万円が相当である。

四  争点三について

1  被告野辺の責任について

既に認定したとおり、本件工事によって七〇二号室に受忍限度を超える騒音が発生したので、本件工事を施工した被告野辺は、損害を被った原告らに対し、民法七〇九条に基づく賠償責任がある。なお、被告野辺は、昭和六三年当時、特にマンションリフォームを意識して開発された騒音対策部品はなく、低振動・低騒音の工具が開発されていなかったため、建築業者が通常手に入れることのできる機材等を利用して工事を行う限り、一定の騒音の発生は不可避であったと主張しているが、右主張のとおりであっても、被告野辺が責任を免れる根拠となるものではない。

2  花房の責任について

花房は、民法七一六条の注文者であるところ、被告野辺に対し本件工事を注文したことに過失があるとは解せられないし、被告野辺に対し本件工事について何らかの指図をした事実を認めるべき証拠もないので、本件工事による騒音の発生について責任はない。なお、花房は、八〇二号室にピアノを置くため防音工事をする予定でいたがピアノを置くことを取り止め、その旨を被告永田に伝えているが、これを指図とみても、受忍限度を超える騒音が発生したこととは無関係である。

3  被告永田の責任について

既に認定したとおり、本件工事によって七〇二号室に受忍限度を超える騒音が発生したが、被告野辺は、同永田の指示・設計に基づいて施工した(解体工事及び台所の既存タイルはがし工事は、被告永田の指示・設計に従うものであり、その際にダイヤモンドカッター及び振動ドリルを使用することが予定されていた。)ので、被告永田は、民法七一九条の共同不法行為者として、被告の野辺とともに損害を被った原告らに対し賠償責任がある。

五  結論

本訴請求は、被告永田及び同野辺に対し連帯して原告忠吉は五万一〇〇〇円、同澄子は二〇万円、同恵理及び同友理は各一〇万円並びに右各金員に対する不法行為の後である平成元年一月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があるから認容し、被告永田及び同野辺に対するその余の請求並びにその余の被告らに対する請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官小久保孝雄 裁判長裁判官大島崇志及び裁判官小池健治は、いずれも填補のため署名捺印することができない。裁判官小久保孝雄)

別紙〈省略〉

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